空海の名前の移り変わり

空海の名前の移り変わり

こんにちは。高野山法徳堂の鷹野です。

空海の名前はその生涯で何度か変わっているのをご存知でしょうか。
物語でよく語られるのが、四国の佐伯氏に生まれて幼名は佐伯真魚(まお)であったということはよく書かれています。

真魚→空海と書かれることが多いので、その間に名前が変わったことを知っている方は意外と少ないのではないでしょうか。
実はその間に何度か名前が変わっています。

空海までの移り変わり

  1. 真魚
    幼名であり、幼少期に呼ばれていた名前
  2. 無空
    18才前後
  3. 教海
    槇尾山時代
  4. 如空
  5. 空海
    22才

上のような流れで名前が変わったようです。
実はこのあたりは諸説あり、明確に資料が残っていないのです。

遍照金剛

皆様御存知の「南無大師遍照金剛」に出てくる「遍照金剛」です。

これは空海の師匠である中国青龍寺からいただいたもので、現在風に訳せば「光り輝くダイヤモンド」といったところでしょうか。
※金剛はダイヤモンドと訳されますが、金剛≒ダイヤモンドで、同一のものを指すわけではありません。

弘法大師

これは空海が高野山奥の院へ入場した後、醍醐天皇から与えられた名前です。

このように名前一つとっても空海はストーリー性が高く、すごく興味深いです。

次の機会にはひとつひとつ深掘りしたいと思います。

今日はこのあたりで。

FROM 鷹野法子

 

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